消えてゆく職業の周辺

仕事を失うということ(デザイナー戦力外通告)

04:DTPラプソディ

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当時ADではなく、依然としてデザイナーに甘んじていたボクは、DTPの噂を聞いて色んな意味で感慨無量だった。
折角2年かかって仕事をマスターしたのに、また一から出直しなのか。そもそも、2年で一生保障なんて虫のいい話だったのか?ADに成れるには何年先なんだ?独立するのは、夢の夢なのか…、という敗北感のような気分と、これからやってくるであろう新しい時代に備えなくては、というアンビバレントな期待感が交錯した。
噂を耳にしてから半年くらいして、当時勤めていた事務所でもついに夢のようなパソコン『マック』を導入する。それもたった一台。それもそのはず、非常に高価だったからね。

Macintosh Iicx、ソフトはPhotoshop2.0。イラレのバージョンは覚えていない。フォントもマシン標準のもので、新たに買い足してはいなかった。購入の動機は、新しいもの好きの社長が勢いで買ってしまったんだという話だったが、ひょっとしたら税金対策だったのかもしれない。マックをさわれるのはパソコンに精通していた京大出の営業マンと、社内で一番若くて上昇思考の強いデザイナーだった。彼ら二人以外は、マシンを壊す恐れがあるということで触わるのを禁じられた。社内命令だから仕方ない。

当時、OSのこともソフトのことも一切何も知らないのに、マックを触りさえすれば即席でDTPとやらの使い手になれるという、根拠のない哀れな期待感があった。目の前にある魔法のマシンを触れない彼ら以外のデザイナーたちはみんな臍を噛む。
それがDTP(デスクトップパブリッシング)とのファーストコンタクトだった。

では、そもそもDTP(Desktop publishing、デスクトップパブリッシング)とは何だろうか?

それは、日本語で卓上出版を意味する。書籍、新聞などの編集に際して行う割り付けなどの作業をパソコン上でこなし、プリンターで出力を行うことである。(ウィキペディアより)

つまり机上の道具(文具・画材類)が一切不要になり、全部パソコンでデザイン(レイアウト)ができてしまう、ということ。
そのDTPは、結果的に2つの大きな変革を起した。

1)机上の道具を一切不要にした。
2)デザインの現場周辺の職人から根こそぎ仕事を奪った。

DTPがもたらしたもの

それは、便利さという福音と引き換えに、デザイナー定番の画材や製図機器が不要になったこと。DTP以前には人の手でやるしかなかった様々な技術の腕利きの職人たちが、次々とお払い箱になったこと。
DTPが現れたせいで、誇りをもってやっていた多くの職人たちが、高い技術と知識を持ちながら、やむなくその世界を去ったのだ。彼らは定年を迎える前に、業種それ自体が寿命を迎えてしまったのである。
職人気質の職人さんたちの顔色を窺い、頭を下げ仕事を依頼するる必要はなくなった。仕事自体が社会の戦力外勧告された職人たちのこと思うと、なんだかいたたまれない心持だ。戦友のような頼りになる存在だったから。
便利と引き換えに、失ったのはなんだろう。
悪魔と取引したようなシニカルな気分だ。いつかは、GDにもお鉢が回ってくる。

今まで使い込んでいたモノより便利なものができたからといって、それを一切使う必要がなくなるのは、どこか居心地が悪い。でも仕方がない。これは成長痛の一種なんだろうと思う。よくも悪くも時代が変わってしまったのだから処置なしだ。
苦境に追いやれてしまったのは、デザイン周辺の業種だけじゃない。クリエーターの現場にも影響が現れ始めた。カメラマン、イラストレーターらの仕事がある時期激減した。

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